これを書いてる人
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百色の龍導師・坪内薫
施術の時には浄化龍、執筆の時には文豪龍、料理の時には美食龍などと、天空を漂う数々のドラゴンたちを自分の用途に合わせて召喚できる京都は嵐山の龍使い。もちろん自分だけでなく依頼があった時には自らの顧客にも龍を降ろすが、彼氏ができない人に相愛龍をつけたりはせず、むしろ真逆の戦闘龍をつけるなど別の方向に救いを見出しては、こっそりとそれを楽しむ天邪鬼。色々な意味でオイシイ状況を好むため、反対の「スベる」意味を持つバナナが嫌い。間違えてバナナマフィンを食べてしまうとどんな人でもスベり散らかす潤滑龍しか呼べなくなってしまうので要注意。

旦那さんと3人の子供たち、そして関ジャニ∞の大倉君とB'zがパッションの源。

らーぶ らーぶ あーいお~ さーけーぇ ぼ~

 

この歌よりも
愛だろ、愛の永瀬正敏が好きな坪内薫です。

 

 

結局ね、愛なんだろうけれど
それって愛なんだよねって言われて
ムムムって慈英的に感じることあるよね?

 

なんで慈英になるかっていうと(呼び捨てすんまそん)

 

なに分かったようなこと言うてるん?!

それって責任逃れてるだけちゃうの?!

問題すり替えてない?!

ってか、あんたはどーなん?!

 

って感じてるんよ。

 

 

 

何なら怒りに近いようなその感情は
愛という言葉に対する前提が
よろしくないんだろうねぇ。

 

 

 

イイとか悪いとかじゃもちろんなく

 

愛っていうやつ → 胡散臭い

 

愛を受け取る → 見えないし、ってかモノじゃないし

 

愛 = わからない

 

愛って苦手 → そんなもの自分には無い

 

自分にない愛とかいうやつ → 胡散臭い

 

 

 

っていうループがあるんじゃないかと。

 

 

愛にポジティブなイメージを持てとか
シータヒーリングで書き換えろとか
そんなことをいうてるんやないん。

 

 

愛って聞いて
モヤッとしたり、イラッとしたり、ムムムってなったら

 

 

愛って言葉に
自分は何かを感じてるんだなって
認めること、突き飛ばすんじゃなくて。

 

 

 

そのままにしてもいいし
それってどういうことだろうって向き合うもよし。

 

 

 

感情が動くってことは
その奥に大きな扉があるってことだ。

 

 

納得できないその向こうに
今を変えるヒントがあるってことなんだ。

 

 

 

向き合うのは楽じゃないし
タイミングが来ないと開かないから
どんどん頑張れとは言わないよん。

 

 

ただ
拒絶だけでは何も変わらないってことは
知っといた方がいいし、覚えといた方がいい。

 

 

 

否定は何も生まないからさ。

 

 

愛、感じてますか?

 

ふふふ♡

 

 

 

 

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